早稲田政経2014 II 和訳
瞑想一沈黙して深く考える行為一は急速にあなたの精神状態を改善するための流行りの方法となりつつある。それを行うと,創造性,記憶力,標準知能検査の得点を高めることができるという科学的証拠が増えていることで,その実益に対する関心が高まっている。典型的な「気づき力」養成プログラムや,実業界や技術畑のリーダーを対象とする会議では,個人個人の業績や指導力や生産性を高めるために瞑想をどう利用できるかがわかるようになると,出席者に約束する。
これはまったく結構な話だが,そのことをよくよく考えてみると,(どこをとっても理にかなった)こういう利益の追求と,瞑想というものの本来意図された目的との間には,いささかちぐはぐな点が出てくる。試験でひけを取らずに優位に立てるとか,ビジネスで創造性を高めるというのは,ブッダや,その他の昔の瞑想の指導者にとって最も関心がある点ではなかった。ブッダ自身が語るには,「私か教えるのは1つのこと,たった1つのことだけだ。それは,苦しみがありそれには終わりがあるということだ」。ブッダや,現代の精神的指導者の多くにとって,瞑想の目的はこれと同様に単純なものだった。瞑想によって精神をコントロールする力が高まると,それを行う人たちは,新たなもっと共感や思いやりのある見方で世界を見るようになり,通常は人々を互いに分断してしまう一私たちと瞑想者,自己と他者との一分類化から自由になれると考えられていたのだ。
しかし,瞑想は約束通りの機能を果たすのだろうか? もしブッダが本来意図したのが苦しみから解放することであったなら,瞑想が実際に苦しみを軽減するということは証明できるのだろうか?
その疑問を検証するために私の研究所は,心理学者のポール=コンドンを中心にして,神経科学者のガエル=デボルドや仏教徒のラマ僧ヴィラ=ミラーと協力しあって,ある実験を行った。私たちはボストン地区から,8週間の瞑想講座に進んで参加する意思がある(しかもそれまでそういう講座には参加した経験のない)39人の人たちを採用した。それからそのうちの任意に割り振った20人に週に一度の瞑想クラスに参加してもらい,同時に指導を録音したものを使って家でも瞑想するよう求めた。残りの19人は,将来その講座を受講するための順番待ちリストに載っていると告げられた。
8週間の指導期間の終了後,私たちは,参加者には記憶力,注意力,関連する認知能力を調べるものだと告げられる実験をする目的で,彼らに研究所に来てもらった。しかし ひょっとしたらあなたは予想したかもしれないが,実は私たちが興味を持っていたのは,瞑想を行ってきた人たちが苦しみを目の前にしたとき,以前より深い回情心を示すかどうかという点たった。それがわかるように私たちはその実験がすでに始まっていると参加者に気づかれないうちに彼らの行動を検証することを意図した,ある状況を作っておいた。
参加者,例えば一人の男性が私たちの研究室用の待合場所に入ると,3つの椅子があって,そのうちの2つにはすでに人が座っていた。当然のことながら,彼は残った椅子に座った。彼が待っていると,4人目の人物,例えば一人の女性が,松葉杖を使い,足に骨折用のブーツをはいて部屋に入ってきて,調子が悪い様子で壁によりかかり,痛そうにため息をついた。部屋にいた他の2人は一松葉杖をついた女性と同様,ひそかに私たちのためにその役をつとめてくれていたのだがーその女性を無視したので,その参加者は道徳上の問題に直面することになった。このようなジレンマがあると,彼は自分の椅子を彼女に譲るという,思いやりのある行動をとるだろうか,それとも自分本位に彼女を無視するだろうか。
結果は目を見張るものだった。瞑想をしなかった人だと16パーセントしか席を譲らなかったーこれはかなり気の滅入る事実ではあるーが,その割合は,瞑想をした人の中だと50パーセントに上昇したのだ。この増加が印象深いのは,それが単にたった8週間の瞑想の後で生じたからだけでなく,思いやりのある行動をとりにくくすることで知られている状況,つまり,他の人たちが困っている人を無視しているのを目にすると一心理学者の言うところの傍観者効果で一誰であれ一人の人間が人助けをする可能性が低くなるという状況設定の中でも,それが生じたからである。そういう状況にもかかわらず,瞑想をすることで思いやりのある反応が大いに増えた--3倍になった--のである。
なぜ瞑想にこのような効果があるのかはまだわからないが,2つの説明のうちの1つがそうである可能性が高そうだ。その最初の説明は,瞑想には注意力を高める力があることが確認されているという点に基づくものだが,注意力があると今度は,自分のことばかり考えてしまうのとは対照的に苦しむ人に気づく可能性が高まるかもしれないのだ。もっとも,私か好きな説明は,瞑想のまた別の側面に由来している。それは。瞑想が持つ生きとし生けるものはみな互いに結びついているという考え方を育む能力だ。心理学者のピエルカルロエヅアルデソロと私は,たとえそれが一緒に調二r・を合わせて手を叩くというようなちょっとしたことでも,2人の人間の間に協力する指標があると,互いに困っているときには思いやりの気持ちを一層強く感じるようになることがわかったのだとすると,瞑想を行った人たちの思いやりの気持ちが増すのは,瞑想には私たちを分け隔てる人為的な社会区分一民族性,宗教,思想などーをなくす力があることに直接の原因があるかもしれないのだ。
この見解を立証するものとして,神経科学者のヘレン=ウェン,リチャード=デイビッドソンとその同僚たちによる最近の調査結果により,たとえ比較的短期間の瞑想テクニックのトレーニングでも,他者の苦しみの理解に関わる脳内のいくつかの領域一つまり,その領域の反応が,ある人がどの程度他者との結びつきを感じているかによっても左右される領域-で神経の機能が変化することがあるという点が確認されている。 だから,元気を出そう。今度瞑想するときには,あなたは単に自分のためになることをやっているのではない,あなたの隣人,地域社会の仲間,そしてまだ知り合ってもいない赤の他人のためにいざというときにはその人たちの痛みを感じ,それを減らすように行動する可能性を高めることで,ためになることをしているのだと理解することだ。
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